1905年。西洋小間物商として、銀座に創業した田屋。扱っていたのは、当時唐物(からもの)と呼ばれた舶来品でした。店には、洋装の紳士をはじめ、在留外国人の方も足を運ばれたといいます。やがて時代も進み、いち早く国産ネクタイに着手したことから「ネクタイの田屋」として、今日に至っております。現在オリジナル品はシャツ、ジャケットにも及び、ネクタイ同様、生地はすべて自社工房で織られています。創業当時の店先が、西洋を垣間見る夢のウィンドウであったように、皆様の憧れを満たす品揃え、物作りの伝統は、今も受け継がれています。
上杉氏の城下町として知られる、山形県米沢市。江戸中期の藩政改革で知られる上杉鷹山(ようざん)は、多くの殖産を促しました。その一つが、寒暖差の大きい気候から栄え、今日の米沢織へと発展した絹織物です。1989年、米沢市に田屋は自社工房を設立。老舗と織物業の伝統が結ばれ、田屋オリジナルの基幹が誕生しました。
製品工程の中で、デザイン・製織を受け持つのが、田屋織物工房。多品種の少量生産は、非効率的ともいえますが、そこには、大量生産では成しえない豊かな側面があります。その豊かさを続け、絶やさないこと。
それが、オリジナリティーとクオリティーの証しであると、田屋は願っています。
工程に手間が掛かるほど、費やす時間は、価値と誇りを生み出します。大量生産が成しえない、魅力ある生地作り。皆様に本物だけをお届けしたい。その思いは、田屋織物工房から始まります。最高級のシルクを使った生地の特徴は、柄の質感。ヨコ糸を極力押えずに飛ばすことで、光沢をまとった浮き彫りのような立体感を生み出します。また、押えの度合を変え、繊細な陰影の表現も織り込まれています。
一般的にネクタイでは、一線上に3本の糸が並ぶ「1列3層」の生地が使われますが、絵柄の見えない生地の裏(中)には、糸が通っていません。
田屋の生地なら「1列6層」。色数も倍で、裏(中)にもしっかりと糸を通し、ムラのない均一な厚みを保っています。しかも通常の半分の太さの極細糸を使用するため、生地の密度が高く、風合いはしなやか。ノットが崩れず美しい理由、締め心地の秘密がここにあります。
織機の改良やコンピュータの導入を経て、扱うシルク糸もまた、より細く上質なものへと向上しました。中には、熟練の工房スタッフも注意を要するほど、極めて細い糸もあります。しかし、極細糸を使うことで、柄と配色は、格段の進歩を見せ、プリントに迫る緻密な表現を獲得しました。またネクタイによっては、同一の場所で柄を取る必要があるため、生地を余分に織り、縫製の工程において、極めて高度な裁断作業も行われています。素材、製織、加工と、確かな技術で裏打ちされた田屋のネクタイ。目に見えない部分にこそ、美しさの際立つ理由があります。
流行にとらわれず、“遊び心”を忘れない個性的な柄。織機にも習熟した工房デザイナーが発想するのは「余所にはないもの」。春と秋の年2回、年間200にも上る新柄・新色が、生まれています。扱うモチーフは、音楽、化学、占星術、動物、乗り物、古代文字…と理系から文系まで、分野も様々。一本一本が、楽しめる個性の小宇宙といえます。
ネクタイとともに、田屋のクオリティーを証明するのが、オリジナルのシルクシャツ。素材は、最高品質のシルクの極細糸。使用に際しては、あえて製織時の回転数を下げるほど、細心さが要求され、中には1着分の生地に約3日を要するものさえあります。シンプルな無地柄から、繻子地に織り柄という、他店ではまずない、田屋のシルクシャツ。工房の研鑽と美意識が生んだ、ラグジュアリーシャツの逸品です。
世界三大綿のひとつ、エジプト綿を中心に、シャツの個性に合わせ、上質な綿糸をセレクトしています。また熱と圧力で生地組織を密にする縮絨(しゅくじゅう)といわれる工程では、通常よりも、その度合を上げて、風合いを出し、より安定した生地に仕上げています。
ネクタイ同様、クリエイティブな美意識で満たされた、田屋のオリジナルシャツ。シャツの場合、面積を活かした大胆な柄も可能ですが、注意しなければならないのが、柄合わせ。当たり前の様にも見えますが、田屋では、前立て、見頃、ポケットの柄を合わせることで、躍動感のある柄を、よりアクティブに見せています。裁断・縫製を熟知し、田屋のこだわりに応えた、熟練の職人技といえます。
オリジナルタイ同様の自由な発想は、田屋のシャツにも活かされています。例えば、身頃いっぱいに広がる大胆な柄(画像左)(画像上)。アイデアの源は、オリジナルタイのパネル柄でした。このシャツ生地は、一見刺繍のように見えますが、バックカットと呼ばれるジャガード織の一種。生地の裏面は端から端まで糸が張っていて(画像左下)(画像下)、この余分な糸をカットして完成します。一般にバックカットを用いる場合は小柄が多く、生地裏に残る糸も少量でカットしやすいのですが、このシャツの場合、生地裏の糸は、かなりの量に上ります。まさに贅沢とも思える量の糸は、機械と手作業で、丹念にカットされていきます。発想と技術に、手間と熟練が加わる時、新しいシャツが、またひとつ生まれています。
一般的な生地に使われる糸の色数は多くても8色程度。田屋では色による豊かな表現を追求し、10色以上の絹糸を緻密に織り込み、これまで以上に繊細な柄を表現するオリジナル・シリーズ「オーバーテン(OVERTEN)」を生みだしました。
量産の難しい、複雑な工程から生み出される「オーバーテン」は、国内・海外でも例を見ません。織ネクタイの最高峰とも言える、田屋ならではの逸品です。
高密度な織りの中でも、1寸(3.03cm)間に700本以上という驚異的な極細糸を打ち込んだワンランク上の品に冠するのが「エレット700」のロゴ。
密度の高い構造をもった織生地は、その弾力性としなやかさを増し、ネクタイに心地よい結びやすさを生みだします。また、裏生地にも、ネクタイと同じ生地を使う「共裏(ともうら)」を採用した、贅沢な仕上がりです。